ラピスラズリは世を学ぶ


 ◆記憶◆
 私にはアキトと出会う以前の記憶がない。それは悲しいことだとよく言われる。誰に言われたのかは思い出せない。
 医務室で、アキトが割れたバイザーを手にとって途方に暮れていた。どうも、検査のために外していたところを誰かが踏みつけてしまったらしい。
「駄目だよエリナ。アキトに謝って」と私が言うと、エリナは「貴女がやったんじゃないの」と言った。
 このように、人は都合が悪いことは忘れて、記憶を改竄してしまう。だから、記憶がないということも決して悪いことばかりではない。
 例えば私が記憶の欠片を取り戻したとしても、それがギャンブルで大損したというような空虚な思い出であれば私は要らない。
 しかしエリナが自分のやったことを覚えていないとは。私の足の裏が少し痛むのもきっとエリナのせいなのに、思い出せないから追求できない。


 ◆道具◆
 どんな物にも用途がある。変な形の道具でも、用途に添って扱えばちゃんとした効果を発揮するものだ。だが最近、例外を発見した。
 その例外は、形状には特におかしいところがないのだが、用途のほうに問題があるとしか思えないのである。何度試してみても思うような結果が出せない。
 ふと、これで刺してみるとどうかと思い立ったのだが、実行の直前にアキトに止められた。エリナには怒られた。
 どうやら人を怒らせる道具として使えるらしいと学んだ。使い方次第では道具の可能性は広がるのだ。それは良いことなのではないだろうか?
 そう聞いてみたら、「まずは持ち方覚えような」とアキトが言った。私はまだこの箸という道具に納得していない。


 ◆探索◆
 私はよく物をなくしてしまう。私個人の持ち物などは皆無に等しいので、なくなるのはもっぱらネルガルの備品である。
 処方された薬を飲もうとすると、コップがないことに気付く。コップを探していると、いつのまにか薬が消えている。
 探し物をするというのは本来見つからない物を探す行動であるはずなのに、探し物をすることで物が減っているのである。
 部屋を見回せば、探し物を始めた時よりも遥かに物が増えているように思える。だが必要な物だけがないのだ。
 誰かに盗まれているのではないかとさえ思う。しかし、その犯人は何故ボールペンやスリッパの片方などばかりを盗んでいくのだろう。
 流石に無理があると判断した私は、「物体はたまに一切の理由なくボソンジャンプする」と結論した。


 ◆視線◆
 街に出ると、周囲がアキトに不審な目を向ける。私はそれを見るたびに怒りが体に満ちてしまって暑いので外套を脱ぐ。
 図らずも視線に屈服してしまうような形になるのは悔しいが、暑いからだ。決して恥ずかしいわけではない。
 その証拠に、アキトは飄々たるものだ。アキトのスーツは特別製で、耐熱効果も抜群である。私も欲しい。特にバイザーとか。
「アキト、暑くない?」と私が聞くと、アキトは笑って「涼しいくらいだ」と言った。凄い、アキトは凄い。やはりバイザーか。
「私もそのバイザーが欲しい」と素直に言うと、「ラピスには似合わないんじゃないか」と返された。
 似合う似合わないはどうでもいい。バイザーが欲しい。別にモザイクでもいいから。


 ◆境界◆
 二つの何かを隔てるものとはなんなのだろう。水槽の中で揺らめく熱帯魚を眺めても、以前の私と違いがあるのかさえわからない。
 私の中にはアキトの心や思考が流れ込んでくる。私とアキトは混ざり合い、一つの生き物となる。きっとこれはアキトも同じように感じていることだろう。
 生物と無機物であればまだ理解できる。冷蔵庫を見ても、私と冷蔵庫の間に何かとてつもない壁が存在することくらいはわかるのだ。
 だが、無機物であるはずのサレナはアキトであり、ユーチャリスは私である。ここが私の思考を阻む障害なのだ。
 アキトはいい。銃を撃つ、ジャンプする、空を飛ぶ、尻尾でミサイルを叩き落す。これらはきっとアキトなら全て自力でできると私は疑わない。
 しかし私はバッタを吐き出したりしないし、生身でグラビティブラストを発射することもできない。それとも、いつかできるようになるのだろうか。
 そういえば以前アカツキが生身でディストーションフィールドを張っていた。まずはあれを目標にしよう。


◆屈辱◆
 遺伝子操作を施された強化体質者である私は、電子戦に特化した能力を持たせられている。相応のマシンがあれば、あらゆる情報を支配できるだろう。
 私を保護しているネルガルも、その能力を遊ばせておくつもりはないようだ。襲撃がない日には、内職とか絵日記とか書類の作成などを手伝っている。
 イネスが仕事中の私を見て難しい顔をしていた。常人の十倍以上の速度で流れる文字列に魅入られているか、呆れているかだろう。
 イネスは首を傾げて、「貴女、どうして"かな入力"なのかしら」と言った。何かが打ち砕かれた。私は動揺した。
「そっちのほうが速いから」と誤魔化した。事実かどうかは知らない。イネスは言った。「それと、さっきから誤字が目立つわ」


 ◆無為◆
 私は必死に枝毛を探しながらイネスの説明を聞いていた。見れば、エリナも同じくらい必死になって通路に蟻がいないか探していた。
 私とエリナは一触即発の空気をまといながら今日の晩御飯は何にするかをブロックサインで話し合った。イネスの説明はまだ続いている。
 私とエリナは魂を賭けて口笛を吹く練習をした。あまり上達はしなかった。イネスの説明はまだ続いている。
 アキトが現れ、私とアキトとエリナはもはや一刻の猶予もないとばかりにあやとりをした。イネスの説明はまだ続いている。
 エリナが倒れ、私とアキトは悔しさに唇を噛み締めてリンクを利用した漫才の練習をすることにした。イネスの説明はまだ続いている。


 ◆楽観◆
 私は生まれの都合上、常人と比較しても学習能力は高めであると予測できる。頭の悪い人間を作ろうとする科学者がいるはずがないのだから。
 それに、今はまだ良くわからないが、容姿も並外れて整っているように思う。科学者からしても、やはり外見の良さは外せないところだろう。
 多分、運動能力も悪くないんじゃないかと思わないでもない。まだ体が未発達なせいか、私はどうも動作が滞る気がしているのだが、きっと杞憂だ。
 ひょっとすると、胸が小さいまま育たないかもしれないなんて悩みを後になって笑い飛ばせるくらい育つ可能性も捨てきれない筈だ。
 ……『今より悪くなることはない』というのは楽観的だろうか、それとも悲観的だろうか?


 ◆共有◆
 思考、感覚、精神を繋ぐリンクによって、アキトは自分では動かせない体を、私はとっくに壊れたはずの心をそれぞれ補完している。
 つまり、アキトの命は私のもの。私の心はアキトのもの。私たちは、二人で一人の人間だと言ってもいい関係である。自然、その性質は似通うこととなる。
 私たちは部屋も共有している。今は二人ともそれなりに高価なソファにだらっと寝そべり、面白みのないTV番組をランダムで垂れ流していた。
 アキトが何かに目を留め、チャンネルを固定した。何故か通販番組だった。大仰な演技を交えつつ、複数の男女が商品をアピールしている場面。
「欲しいな」とアキトが言う。「欲しいね」と私が応える。止める者などいない。私たちはすぐさま注文することにした。名前はアカツキ・ナガレで。
 数日後には、部屋中が通販商品で溢れかえる羽目になった。アキトが欲しがるものは私も欲しいと思ったし、私が欲しいと思ったものもまた同じ。
「いやまあ、君たちの働きを考えれば別に責めるほどのことじゃないんだけどね? この四次元中華鍋とかって一体何に使うのさ」とアカツキが言った。
 そんなの、作った人に聞いて欲しい。


 ◆悪戯◆
「私の香水の瓶、落として割っちゃったのは貴女?」とエリナが言った。その表情を見て、私は宿題やらなきゃと急に思い至った。
 そういえば学校なんて行ってない。
「私のぬいぐるみにコブラツイストかけて布地裂いちゃった?」とイネスが言った。その目を見て、私はレース編みの練習をしなきゃと急に思い至った。
 そういえば編み物なんてやったことない。
「君が会長室に飾った人形、やっぱ呪われてない?」とアカツキが言った。その人形を見て、私は自分の写真写りの悪さが急に気になった。
 そういえば写真なんて撮ったことない。
「……どうした。俺の顔に何かついてるか?」とアキトが言った。その額を見て、私は最初に肉と書いたのは誰なのかが急に気になった。
 そういえば今手に持っているマジックペンを隠す場所がない。

 思いついたら順次追加していきます。

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