ここは何処だ?

 覚醒してから、まず最初に思ったことはそれだった。視界は薄暗くて、よくわからない。
 首を動かすと、全てが横倒しになった部屋の内装が見える。……どうやら自分は眠っていたらしい。体を包んでいるシーツの感触は少々硬い。どうやら、安物だ。
 木目の床、天井からぶら下がっている照明、本棚にテーブル。どれも憶えがない。身を起こし、体が動くことを確認して、寝台から降りた。足の裏から床の冷たさが感じられ、ひたひたという自分の足音にさえ背筋が寒くなる。
 それほど広い部屋ではないようだ。それに、監獄や病室というようなものでもない。誰かが利用している痕跡らしきものは、はっきりと見て取れた。
 足元に気を配りながら、ドアまで進む。その途中で、誰かと目が合った。
 一瞬緊張で体が強張ったが、何のことはない、それはただの鏡だった。そんなものに驚いたことに若干気恥ずかしさを感じながら──
 不意の戦慄。もう一度、鏡を見る。
 そこに写っているのは、見知らぬ女の顔だった。肩口まで伸びた、手入れのなっていない髪。その色は瞳と同じく黒で、他に特徴らしきものはアジア系であろうということくらいであるが──これが、自分の顔なのか?
 何かがおかしい、と感じた。目も、鼻も、口も──そこまで考えて、愕然とする。
 憶えていない。自分のことがなにもかも、思い出せない。名前、年齢、経歴、自分に関するあらゆる全てが頭から欠け落ちている。
 薄暗い室内を見回す。こんな部屋は知らない。鏡を見る。こんな人間は知らない。
 だが、自分が何を知っているのか、憶えていない。自分がなんなのか、思い出せない。わかるのは、鏡の中の姿が真実であるならば、自分が女であるということと、およそまだ20にも届かない程度の年齢であるということだけだ。
 頭を掻き毟る。自分が恐慌状態にあることを認識しながらも、思考が止まらない。混乱する頭蓋の中で、必死に解答を導き出そうと暴れだす。

 わたしは誰だ?

 答えは出ない。どれだけ記憶を探っても、当然あるべきものがそこに存在しない。
 全てが見知らぬもの。自分を取り巻くあらゆるものがぼやけ、怖気が全身を包んだ。

 彼女はドアに体をぶつけるようにして部屋から飛び出した。そして、道も何もわからぬまま走り出した。
 逃げなければならない。背後から襲い来る、どうしようもない恐怖から。
 これは夢だ。性質の悪い夢だ。そのはずだ。そう思うと、さして広くないはずの廊下がまるで迷宮のように見えてくる。
 足がもつれて転んだ。反射的に受身をとり、瞬時に起き上がった。流れるように動く自分の体が、自分のものでないように思えた。何もかもが平静を失わせた。
 視線の先に、光が見えた。突き当たりにあるドアの隙間から漏れ出たものだ。その小さく弱い輝きに心惹かれ、半ば本能に命じられるがままに、彼女はそちらへ向かった。木製のドア。レバー式のノブは少しだけ錆び付いている。
 彼女は一瞬躊躇した。明かりがついているということは、この先には誰かがいるのだろう。その相手が自分にとって敵なのか味方なのか、推察するどころか見分ける手段さえない。
 目覚めてから今まで、音を立てない努力など一切しなかった。害意ある者がいるならば、この瞬間にでも現れて、自分を捕らえようとするかもしれない。最低限、何か武器になるような物が必要だ。
 だが結局、彼女は目の前の誘惑を振り切れなかった。
 少しでも早く、暗闇という恐怖から逃れたかったのだ。

 ──ここは暗くて嫌だ。どこでもいい、明るい所なら、少しは気も紛れるだろう。







Bystander


1:渦中の者








「──起きて大丈夫なのか?」
 低く抑えられた声。あまり感情の色を見出せない、それでもどこか気遣うような響き。その声を聞いて、"彼女"はぺたんと床に腰を落とした。
 部屋の中心に陣取る円形のテーブル。そのすぐ傍にある二人用のソファに、男がマグカップを片手に持ちながら座っている。黒いバイザーが顔の半分を覆っているため、表情は見えない。男は闖入者に目を向けてその姿を確認すると、立ち上がって歩き出した。──クローゼットに向かって。
 男が取り出したのは、黒いロングコートだった。そしてコートを持ったまま、一言も喋らずただ彼の姿を目で追うだけの"彼女"に近付き、それを羽織らせた。
 その時ようやく、"彼女"は自分がひどく薄着であることに気が付いた。男物のYシャツとショーツを身に纏っているだけである。しかし、何故かあまり羞恥心は湧いてこなかった。"彼女"はコートに袖を通さず、ただ肩にかけられたままにした。
 言葉を忘れたように呆けている"彼女"に、男は手を差し伸べた。
「立てるか?」


 光量を抑えた照明が室内に満ちている。窓にはカーテンが敷かれており、朝なのか夜なのかの判断がつかない。
「……ここは?」
 男と向かい合う位置に座り、俯いたまましばしの時を挟み、"彼女"はようやく口を開いた。聞きたいことが多すぎて、何から質問すれば良いのかの考えをまとめるのに時間を要したせいだった。
「俺の事務所だ」
 男は短く答えた。だがその態度からして、質問されることは予測済みのようだと"彼女"は判断した。
 つまり、少なくとも自分の身に何かが起こったということを、この男は知っている。
「ええ、と。これから変なことも含めた多くの質問をするつもりだが、いいだろうか?」
「ああ。俺が知ることなら答えよう」
 それを聞いて、"彼女"は少しばかり気が楽になった。初めて出会った人間が、どうやら敵ではないらしいということに。
「じゃあ、まず──あんたはわたしのことを知っている?」
「……………………」
 意を決した"彼女"の質問に応えたのは沈黙だった。男は口を噤んでいるわけではなく、虚を突かれたというような表情だった。
 まずったか、と"彼女"は焦った。やはりいくらなんでも唐突すぎたか。それとも「あんた」呼ばわりは失礼だったろうか。見れば男は三十路に届こうかという年齢だろう。今現在唯一の情報源の機嫌を損ねるような真似はしたくない。
「いや、すまない。今のは忘れて……」
 慌てて取り繕おうとする"彼女"を無視し、男は言った。
「お前は家のすぐ近くで倒れていた。それをラピス──俺の同居人が見つけたんで、家に運んで寝かせておいた」
「え?」
「そうだな、今度は俺から質問しよう。お前、目が見えないとか耳が聞こえないとか、そういう障害は患っていないのか?」
 男の質問もまた唐突だった。"彼女"にはわけがわからない。
「いきなり何だ。わたしはあんたと向かい合って話してる。見えてるし、聞こえてるさ」
 少々憮然とした調子で"彼女"は言った。男は無言で立ち上がり、部屋の隅にある棚から何かを取り出し、テーブルの上に広げた。
 それは男がつけているものと同じ黒のバイザーと、同色のマント、そして全身にぴったりとフィットするような、やはり黒いスーツだった。
「なんだ、これは?」
 マントを摘み上げ、"彼女"はじろじろと観察した。
「お前が身に着けていたものだ」
「ッ!?」
 自分の持ち物。自分が何者であるかを示す手掛かり。
「このバイザー、俺の物と同じだろう? こいつは視覚と聴覚を補助する。これを外せば、俺は何も見えないし聞こえない。だから、さっきはあんなことを聞いたわけだ」
「だけど、わたしは」
「……そうだな。どうやらお前には必要のないものらしい。それも奇妙なことだが……もしかしてお前、憶えていないのか?」
 びくり、と"彼女"は震えた。

 憶えていない。そうだ、わたしには目覚める以前の記憶がない。自分がどんな人間だったのか、どんな風にして生きてきたのか。ついさっきだって、目の前の男が自分の知り合いなのかどうかさえわからずに、おかしな質問をしてしまった。
 役立たずの脳味噌を叱咤する。何か残っていないのか、本当に何もかも落としてしまったのか。一度取り出して、地面にぶちまけて、隅から隅まで洗いざらい調べ尽くしてしまいたくなる。ばらばらにしてから組み立て直せば、少しはマシになるかもしれない。苛立ちがつのる。本当に、本当に全てを失くしてしまっているのなら、そんな脳味噌は耳から零れ落ちてしまえ。
 ──何か! 何でもいい、何かないのか!?
 ぎりぎりと歯を喰いしばり、固く瞼を閉じて、自身の内部を探る。頭脳、心、その奥底まで手を伸ばす。
 不意に、真っ白に開けた世界に、細く小さな糸が見えた気がした。届きそうで届かない、ぎりぎりの位置にそれはあった。
 それはきっと残された最後の希望だと、無意識のうちに確信していた。


 "彼女"はその糸を、掴んだ。


 男は突然黙り込んだ"彼女"を見て、少々無遠慮だったかと自省しつつ、声を掛けた。
「おい、大丈夫か」
「……『ナデシコ』」
 "彼女"は搾り出すように、しかしはっきりと、そう言った。

 その時、入り口のドアが開き、一人の人物が現れた。
 年の頃は"彼女"と同じ位のハイティーン。流れるような桃色の長髪に、金色の瞳。細く長いしなやかな手足。どこか幻想的なその容貌に不釣合いなビニールの買い物袋をぶら下げて、家主に向かって帰宅を告げた。
「ただいま、アキト。──ああ、その人起きたんだ」






□□□






 帰ってきた"同居人"は男に事情を聞いてから、"彼女"のほうを見た。
「うん、あなたは玄関のすぐ近くに倒れていたの。ざっと見た感じ外傷なんかはなかったけど、気を失ってて……その時ちょうど雨も降り出したから、一応、アキトに頼んで家の中に運んで貰ったよ。2日前だったかな」
 "同居人"の女──ラピスラズリは、買い物袋の中から必要なものだけ手早く冷蔵庫にしまいこんで、男──アキトの隣に座った。背に体重をかけ、腹の上で手を組み、両足を投げ出す姿勢をとる。それは、全体的に緊張感が感じられない動作だ。
 ラピスの言葉を聞いて、"彼女"は自分がするべき当然の行為に思い至ったが──この不思議な雰囲気を持つ人物の声音に少々躊躇った。
「ラピスさん、でいいのか? ……世話をかけたようで、すまなかった」
「いいよ。運んだのはアキトだし、私も着替えさせたくらいで、あとは殆ど放ってた」
「じゃあ、その、アキトさんも。……ありがとう」
「ああ」
 それきり三人は黙った。"彼女"は目の前の二人がどういう関係なのかとぼんやり頭の中を転がしながら、先程自分が口にした『ナデシコ』という言葉の意味を考えた。ナデシコ。花の名前。花言葉は……憶えていない。まあ、そんなものを憶えているくらいなら自分の名前まで忘れはすまい。他には、大和撫子という表現もあった。……少なくとも自分に似合うものではないだろう。
 せっかく見つけた、記憶の残滓。ナデシコ、ナデシコ。口にするたびに頭の中で扉が叩かれる。閉じられた蓋が揺らぎ、真っ白な世界にうっすらと色が霞む。だというのに、そこから繋がらない。
 ナデシコ、ナデシコ、ナデシコ、ナデシコ、ナデシコ……何か大切なものであったのは確かなはずだ。ならば何故、見えてこないのか。
 "彼女"は、はっと閃いた。それは本当に、何の根拠もない、ただ一瞬通り過ぎた閃光だった。

 それ単体には、意味がないのか? ナデシコとは、何かを繋げる役割を持っていたのか?
 だから……『ナデシコ』だけでは何処にも到達し得ないのか。
 重要なキーワード。全ての中心。わたしの中の多くがそこに行き着くけれど、『ナデシコ』からわたしに繋がるものは──

「お腹すいてるよね。簡単なものだけど、これから作るよ」
 唐突にラピスが言って、立ち上がった。いや、きっとそうではないのだろうと"彼女"は思った。
 黙ったままではいくらか空気が悪いし、それに実際、二日も眠っていれば空腹だった。体が食べ物を欲している。
 そして、その感覚がひどく懐かしく、尊いものに思えた。

「記憶喪失、ね。どこかで遺伝子のチェックでも受けるか? 個人情報くらいならすぐに判明するはずだ」
 出された食事──結構な量のサンドイッチとコーンスープ──をまるで初めて食べたかのような表情で次々と腹に収めていく"彼女"に僅かな笑みらしきものを向けて、アキトは切り出した。"彼女"は口の中のものを飲み込み、一息ついてから「ふむ」と思案顔になる。
「その前に、少しいいか? 最初にしておきたかった質問がいくつかあるんだ──ああ、ごちそうさま。本当に美味しかったよ」
 最後のほうで食器を片付けだしたラピスに礼を言って、"彼女"はアキトに真正面から向かい合った。餌付けされたというわけでもないだろうが、一連のやり取りでアキトとラピスを信用できる相手と判断したらしく、"彼女"はある程度の平常心を取り戻していた。
「まず、今は……西暦何年、何月何日か教えてくれ」
「2191年、8月5日」
「……夏真っ盛りだな」
 "彼女"はふと、発見された時に自分が身に着けていたらしい装束を見やる。全身にフィットするスーツにマント、さらに色は黒。見るからに暑苦しい。
 ひょっとして自分は熱中症で倒れていたのか、だったら途方もない馬鹿だ……と一抹の不安を覚えたが、とりあえずは忘れることにした。
「わたしは、何か身分を証明できる物は持っていなかったか?」
 遺伝情報で身分を確認できる時代であるとはいえ、世界の全てが電子情報で管理されているわけではない。保険証や免許証、その他何らかのカードなり、普通は所持しているものだろう。
 だが、アキトは首を横に振った。
「生憎、そういった類の物は持っていないようだった。……だがな」
 アキトはテーブルの下に腕を伸ばし、何かを取り出して"彼女"に見せた。
 それはまたもや黒い鉄の塊で、その無骨な造形は誰もがその存在くらいは知っている、だが今となっては骨董品程度の扱いを受けているはずの──
「──銃。しかも、リボルバー? まさか、これもわたしの持ち物か」
 弾丸は全て抜かれていることを確認し、"彼女"はそれを手に取った。銃という、日常では見かけるはずもない物に対する抵抗感が存外少ないことに内心で驚きつつ、狙いをつけるように構えながらグリップを強く握った。
 その時、奇妙な感覚が"彼女"の全身を駆けた。体が憶えているとでもいうのか、確かにこの銃は自分のものであると確信できる。だが、何か違和感がある。
 自分が女であるということを差し引いても、予想していたよりも重量があるのだ。それに、手にしっくりとこない。大きすぎる気がする。
「……おかしいな。これはわたしには合わない。まともには扱えないだろう。なのに、確かにこれはわたしの物だ」
「あくまで、俺の予想だが──お前は、誰かの"影"だったんじゃないかな」
 "彼女"はアキトを見た。考えてみれば、彼もまた銃を目の前にしてあまりにも平然としすぎている。真夏に窓やカーテンまで閉め切っているのも異常なことだろう。この家は"事務所"ということだったが、いわゆる真っ当ではない仕事を請け負う職業なのかもしれない。
「"影"というと?」
「別人になりすましていたってことさ。例えばこのバイザー。顔は隠せるが、目立つことは間違いない。お前みたいに目も耳も健常な人間がつけるにはいささか不自然が過ぎる。だが、偽装のために"他の誰かと同じ格好"をするつもりなら、こいつはもってこいだ」
「……しかし、そうなると」
 "彼女"はアキトの言葉を咀嚼する。確かに彼の言うことに矛盾はない。だが、それを認めることはすなわち、このリボルバーや黒一色の装束一式は自分の持ち物ではあるが、自分を示すための物ではないと認めること。数少ない手掛かりの一つをふいにするということだ。すんなりと受け入れられはしない。
 そんな"彼女"の葛藤に気付いたのか、アキトは幾分か声質を和らげた。
「あくまでも予想だ。それと、無理もないかもしれないが、あまり他人の言うことを鵜呑みにしすぎないほうがいい」






□□□






 その後もしばらく話し合いは続いたが、腹が膨れたせいか、それとも疲労が残っていたか、"彼女"は強烈な眠気に襲われた。無理はせずに眠れ、というアキトの言葉に"彼女"は少々意地を張ったが、すぐに膝を折った。今は、目覚めた時と同じ部屋で寝息を立てていることだろう。
 先程まで三人がいた部屋で、アキトとラピスがテーブルを間に挟んで向かい合っている。"彼女"が座っていた位置にラピスが陣取る形だ。
 アキトが口を開いた。
「どう思う」
 ラピスはコーヒーを口に含んで、瞼を閉じながらゆっくりと呟く。
「あの衣装だけで、この時代の人間じゃないのは確か。私たちと同じで、ボソンジャンプの事故だろうね。まあ、これはいいとして」
「ああ」
 "彼女"の装束は、かつてのアキトと全く同一のものだった。視覚と聴覚を補助するバイザーに、触覚の補助をする防刃・防弾機能付きのスーツ。当時の、2201年時の医療技術の粋を集めて作られたもの。
 しかし、それだけならまだいいのだ。奇異ではあるが、確かに優秀な戦闘服であった。アキト以外の誰かが用いても、それ程おかしくはない。
「でも、あのリボルバーは」
「──ああ」
 あの無骨な拳銃もまた、アキトのものと同一だ。彼の癖や趣味が多分に反映され、原型を留めない程に改良が加えられたカスタム銃。そんなものまで似通うなどということが、果たして偶然で有り得るものだろうか?
「あれらは全て、俺のものと同一の機能を持った本物だ。格好だけ真似しているわけじゃない」
「じゃあ彼女、本当に"アキトの影"だったのかな。心当たりは……ないよね」
 アキトは幾重にも仮説を重ねて思考を進めるうちに、嫌な可能性を見出してしまった。それは、"彼女"がジャンプ事故で失踪した自分たちに代わって用意された生贄なのではないか、ということだ。

 アキトとラピスがこの時代に跳ばされたのは、今から6年前のことである。2185年の地球で目覚めた二人は、できるだけ歴史への介入を防ぎ、隠れ住むように生きてきた。できることなら、すぐにでも元の時代に戻りたい。どれだけ苦痛に満ちた結末であっても、自分たちが暮らしていた世界である。ここが過去なのか平行世界と呼ばれるものなのかは知らないが、自分たちの存在が異分子であることに間違いはない。ここが地獄で、これが罰だというのなら、成程まさしく相応しい。
 果たして、自分たちがいなくなった後には何が残されたのか。時は巻き戻されたのか。アキトはかつて自分が二週間前の月に跳ばされたことを思い出す。
 ナデシコと通信が可能になり、ミスマルユリカに通信を繋いだ時。
 彼女は、泣いていたのだ。テンカワアキトが光に包まれて消え行く瞬間を目撃して、彼女は泣いたのだ。
 確認する術はない。だが、きっと同じことが起こっただろうと思う。そして、きっと自分たちの知る人たちは、今もなお生き続けているはずなのだ。

 5つものコロニーを襲撃したテロリストが突如姿を消したなら、一体何が起こるだろう。軍やマスコミがすんなり納得するとは思えない。自分たちの手で撃破するか、逮捕して処刑なりせねば収まるまい。面子のためにも、民衆のためにもだ。そして、時として彼らは罪なき者を贖罪の羊とすることがある。
 あくまで想像だ。しかし、もしも"彼女"がそうだとしたら。失踪したテンカワアキトの代わりとして用意された存在なら。
 アキトはその存在の殆どを知られてはいない。コロニー襲撃に用いた機動兵器は『幽霊ロボット』と呼ばれ、パイロットの詳細もネルガルとの繋がりも、少なからずアキトと関わった人間以外には知られていない事柄だ。
 知られていないなら、真実から遠ざけようとする者がいてもおかしくはない。

 アキトは思わず溜息をついた。ただの思い過ごしであってくれればいいんだが、と思考を止めた。

「……真実がどうあれ、彼女の境遇には俺が関わっているんだろうな」
「今は私たちで面倒見るとして。──彼女がここから離れたがったらどうしようか」
 実のところ、ラピスは"彼女"のDNAを既に照会していた。結果は『該当なし』。これはつまり、"彼女"が木星出身か、特殊な環境化で生まれたかということである。現在の地球において、平穏に暮らしていける身分ではないのだ。だが、"彼女"はそれを知らない。
 食後にアキトが口にしたことを憶えていてくれていればいいんだけど、とラピスは思った。
「その時は、したいようにさせてやればいいさ。彼女の人生なんだから、あまり介入しすぎないほうがいいだろうしな」
「でも、彼女の存在も歴史を違う方向へ動かす可能性がある。彼女が何も知らない以上、言い方は悪いけど、私たちが管理しないといけないんじゃないかな」
 厄介なことだ、と思う。記憶喪失。それがジャンプによるものか、それ以前、もしくは以後に起こった何らかの事象が要因なのかはわからない。だが、歴史に不干渉を決め込んだ自分たちの目の前に現れた、恐らくは自分の正体を知るために干渉せずにはいられないだろう逆行者。それも、アキトと同じ服装、装備を身につけているなんて、まるで──
 その時、言い様のない不快感がラピスの全身を駆け巡った。

 ──まるで、喧嘩を売られているみたいだ。運命とか、因果とか、そういうものに。





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